飽和抵抗を使った VCA(VCR)回路
通常のトランジスタ回路はB-E間にaudio信号を印加するわけですが、飽和抵抗を利用したVCR(電圧制御可変抵抗)回路の場合C-E間にaudio信号を印加するという操作を行います。 これは C-E間をVb(ベース電圧)の値で変化するVCRとして扱うためです。 可変抵抗として扱うためには制御信号で抵抗値が変化するのはもちろんのこと、印加電圧(audio信号)の大小で電流が変化し、電圧がプラスであれば電流もプラス、電圧がマイナスであれば電流もマイナスとなるという基本性質を有していなければなりません。 トランジスタが活性状態(線形領域)にある場合、Icは おおむねVbeに依存した定電流源となるため、 Vceの変動でIcは変化しないのだから抵抗体としては機能しないことになり、トランジスタを飽和領域で使用することによって、Ic(Ie)は Vceの変化に追従するようになります。 また飽和領域においては Vceがプラスの場合にIcの変化はVceに追従するのみならず、Vceがマイナスの場合もIcの変化は(-)Vceに追従します。 この(-)Vceというのはいわば逆(方向)トランジスタの飽和領域だからです。
問題は Vceの変化に対してIc(Ie)の変化はリニアな変化ではなく (-)EXPO特性になるということです。 また Vce固定で Vbeを変化させたときの変化は 通常の活性領域におけるVbeとIcの関係と同様、Ibが EXPOの変化になるため、 IcもEXPOの変化になります。 すなわち包絡線は EXPO特性であり波形自体は非対称波形(マイナス部分の振幅の方が 大きい)
* 裸の特性
1: これにより Vbeがあがれば出力電圧も上がる。 などが改善されるわけです。 ただこの場合、Vbが小さい領域では負帰還が十分働かないため非対称性はあまり改善されません。 またエンベロープはVbとIb, Ic,Ieの関係であるため、非線形なEXPOカーブであり、 VceとIb,Ic,Ieの関係も反映されているので EXPOカーブでかつ上下非対称なエンベロープ となります。 さらにエミッタ抵抗で負帰還がかかっているためIbが大きくなると エンヴェロープ波形は飽和するため、最終的には Ibが小さい領域で EXPO、中間の一部 でリニア、Ibが大きくなるとLOG --> 飽和という 1次HPF的特性となります。 当然マイナス側の輪郭のほうが先に飽和します。 この為上図のようにベースにも抵抗を挿入してさらに負帰還をかけることにより VbeとIb,Ic,Ieの関係をリニアに近く改善させるわけです。
上記回路の波形(かなり改善されています。) さらに下記のようにtransistorの1個を逆に接続して補正を図った例もあります。
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* 実用回路 *
1: ROLAND JX3P
基本に忠実な回路といった感じですが、飽和抵抗をそのまま使うのでなくIeとして取り出してOP AMPで電圧に変換している形です。 出力信号の非線形性を改善する策はベース抵抗の負帰還以外は施されていませんのでaudio信号は最小で入力する必要があります。 このためOP AMPのoffset等が影響するので offset balanceを取っています。 エミッタ電流を取り出しているので audio信号0Vで制御電圧を急激に変化させても理論上は出力変動は多くはないはずですが、実際は?。
一見エミッタについている抵抗がエミッタフォロワ的に働いて非線形性を改善しそうですが Cのインピーダンスの方がはるかに小さいため(C=10uf, R=100K) 波形の改善にはならず、基本動作は上記の回路と同じ動作、抵抗は Cの放電経路でしょうか。 あとこの抵抗はDCに対しては有効ですので、エミッタフォロワのようにTr.の温度補償(CVに対して)になるのでしょうか。
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3: KORG 2Tr. VCA
KORGのanalog synthにおいてはPE1000、 PS3XXX、 MS10、20、VC10, X911などが 1Tr. VCA、 MS20(後)以降、X911(mainsynth)、Delta、trident 、poly6、trident MKII、poly61などのsynthその他のVCAにはこの2Tr. VCAが使われています。 トランジスタの飽和抵抗を利用するVCAにおいてその非線形性を緩和するために1Tr.のVCAにおいては主にベースに接続された抵抗の負帰還作用によって歪みを改善していますが上記の2Tr.のVCAにおいては端子こそ違えど差動回路のように2Trを配置することによって対称性を確保することによって歪みの改善を行っています。
* 2Tr. VCA core * 2Tr. VCAの VCR部分を以下に示します。 一見、上の1Tr.の回路とあまり変わらないよう にも見え2個目の追加トランジスタの意味がよくは分からずエミッタフォロワのReの代わりか、差動回路か?などと思っていて(上記の回路図の描き方からは特にそのように感じます。)長らく本質は理解できていませんでした。(結果的には当たらずとも遠からずではありました) トランジスタ1個の追加で動作はかなり複雑になります。 抵抗1本とトランジスタ2個だけの回路なのに動作が複雑とは困ったものですが、この回路では特性が大幅に改善されます。
* 始めの図を変形すると上図のようになります。 差動増幅との大きな違いは差動増幅でIc1,Ic2に該当する部分がこの回路では共通のIeであるということです。 差動増幅の場合はIc1が上昇すればIc2が下降するのですがこの場合はVbcの差によってIbがIb1とIb2に分流します。 逆接続のQ1、Q2に対して共通のIeが一方向に流れると言うことがなかなかわかりにくい点なのですが、これは飽和領域のトランジスタの動作と考えればよいわけで、見方によっては差動増幅の変化と同じようにも取れるわけです。 差動増幅回路の信号Vbe、共通電流Ie に当たる部分がVbcの変化,共通電流Ibとなります。 実はROLAND JX3Pのresonance用の簡易VCAがにたような回路です。
KORGのVCAのように共通エミッタ端子からではなく片方のコレクタがoutになっていてこちらの方が原理はわかり易いでしょう。 以下の説明はトランジスタの飽和動作の理解を前提としていますので必要であれば こちらも参照。
*初期状態 Vsig=0Vで両トランジスタは全く同条件となり各 Vce=0Vで、Vbe=Vbcであり両トランジスタのIeがほぼ0となります。 Vsig=0V時、両Vce=0Vであり、トランジスタの外部から見えるIE=0ですが、Q1とQ2の内部動作、電流のループの必然としては Q2側のIer成分がQ1のIef成分に還元され、Q1側のIer成分が Q2のIef成分に還元され両者は値が同じで方向が逆なのでIEとしては0というイメージ。 すなわちIE=0でも両エミッタ間での電流(発生)経路は内部構造的にはありだということでしょう。
片方のTr.のエミッタにもう一方のTr.のC-E間がつながる形。 そのC-E間は飽和抵抗で片方のTr.がよりアクティブな時はもう一方の飽和抵抗は大きくなるとなればこれはエミッタフォロワと同様な負帰還により非線形電流のリニア化と同様な作用、さらに極性反転接続による差動回路のような対称動作と見ることができるでしょう、
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2Tr. VCA出力波形
CVに対するエンベロープの変化がLOGでなく直線変化になっています。
非対称性がかなり改善されています。 上図は Vsigが大きいのでソフトクリップしていますが、Vsigがより小さければクリップも最少になるでしょう。
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別versionの 2Tr. VCA回路( MonoPolyの VCA )
以下の回路は上記の 2Tr. VCAに比べて変則的ですが、基本はやはりベース電流の分配に際して逆方向のPN接合による非対称な分圧が作用するという原理を使っています。 上記2Tr.回路で Q2が diode動作している点がヒントで考えられた回路であると思われます。
図が分かりにくいので以下のように変形します。 共有ベース電流Ib(Icv)は Q2とdiode接続のQ1のベース電流、 Ib1, Ib2に分流します。 飽和Tr. Q2は逆Tr.が基準の接続になっているのでIerに対して正Tr.のIefが侵食して IE=Ier-Iefという形になりまた、Ib2、Ic2、Ie2は逆Tr.1個のグラフの特性に準じていますが、Vce2=0VにおいてIc2、Ib2は逆Tr.のグラフの特性より少し低下しています。 これはdiode接続の Q1のベース電流の影響によるものです。 Q1のB-EとQ2のB-Eは並列接続です。 Vsigが(+)に上昇すれば Q1とQ2のVbe1は低下する方向に、逆にQ2のVbcは上昇する方向にVsigが分圧されます。 Vsigが(-)下降の場合は逆の関係になります。(下図) Q1とQ2のB-E間が並列になっていますが Q2のB-E間側を流れるベース電流はB-C間を流れるベース電流に対して微少であり、Q1の B-E間は diode接続なので単純に考えてもQ2の正Tr.のベース電流に対してhFE倍電流が大きいです。 このためVsigの変化に対してQ2の正Tr.側のベース電流は無視できますので結局、大元の定電流源のベース電流の分流分配は Q1の diodeと Q2の B-C間すなわち逆Tr.側のベース電流で行われます。
diode接続のQ1が無ければQ2の Vbcは Vsigの変化で動きませんのでVce1がマイナスの領域では Ie、 Icの (-) EXPOカーブは大きくマイナス方向に増大するのを Q1があることによってVbc2が Vsig(-)では大幅低下してIe、Icの増加を防ぐこれによってIeのプラスとマイナスでの非線形さを軽減しているということです。 Q1無しの場合 (-)EXPOカーブが顕著ですがこれでも500Kの Rがある為、負帰還がかかって いて逆Tr.の裸特性に対しては大幅に(-)EXPO特性が緩和されてはいますが Q1が付くことによりVsigの Q1 Vbe1と Q2Vbc2への分圧の影響で活性領域におけるIE発生の元であるVbc2すなわちこのVCAの CVに相当する値自身が低下するためその影響で Ie, Icが低下して 上記のように収束なカーブを描きます。
この回路(MonoPoly VCA)はKORGの標準 2Tr. VCA回路に比べてプラスマイナスの対称性は悪いですが 1Tr. VCAにくらべればかなりよいようです。ちなみにこの2Tr.VCAは通常のKORGの2Tr. VCAと比べると変則的なこともあってか他機種で使われているのはMono/Polyの後に発売されたKORG EPS1のVCA回路ぐらいかと思われます。
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